オモウトコロ

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映画「ランブル 音楽界を揺るがしたインディアンたち」上映&Stevie Salasトークショー(3.20)

INABA/SALASのツアーの合間に、Stevie Salasがプロデューサーを務めた映画「ランブル 音楽界を揺るがしたインディアンたち(RUMBLE:The Indians Who Rocked The World)」の上映とトークショーが行われるということで行って参りました。
かなりの物量トークしてくれたので、正直いつものライブレポよりも自信ないですが、当日のトークショーの様子を含めてレポです。

まず、映画のあらすじを。

インディアンを出自とする多くのミュージシャンたちのヒストリーであり、同時に我々日本人は教科書の中でしか見たことがなかったインディアン=先住民族がいかに迫害を受けてきたかという記録でもある。
ホワイト・マン(白人)たちが土地を奪い、殺し、人権を踏みにじり、そして音楽とダンスまで奪っていく中で、しかし、独特のリズム感、旋律は彼らの血に脈々と受け継がれていき、その素晴らしい音楽で、ギターで、歌で歴史に名を残していく。インディアンであるという出自(Bloodline)は多く言わぬままに。

我々に馴染み深いところだと、Aerosmithスティーブン・タイラーTMGのツアードラマーを務めたマット・ソーラム、ガンズのスラッシュ、イギー・ポップらがインディアンをルーツに持つアーティストたちについてコメントで出演。
また、Stevieはもちろん、ブラック・アイド・ピーズのタブー、Ozzyやモトリーのドラムだったランディ・カスティーヨ(カスティロ)、ジミ・ヘンドリックスなど、インディアンの血を引くアーティストたちについてもバックグラウンドを掘り下げている。
タイトルの「RUMBLE」は、インディアンのギタリスト、リンク・レイのインストゥルメンタルでありながら「放送禁止」となった曲。

その「RUMBLE」がバックに流れる予告編はこちら ※上映は終了しています

www.youtube.com

感想は後述します。

上映会後のトークショーは、この映画のプロデューサーであるStevie Salasその人と、ラジオDJとしてもおなじみのピーター・バラカンさんが登壇。その後、客席からの質問に答えるQ&Aコーナー。

ちょいと人物名が多すぎたのと、Stevieがいつものとおりとにかくマシンガントークだったので、すみません、覚えている内容だけピックアップして書き残します。順番も違うと思う〜許してくんなっせ…。

※なお、「インディアン」という表現については、「ネイティブ・アメリカン」という呼称であるべきかと思われますが、本映画で敢えてこの表現を取っていると判断しましたので、本稿はそれに倣います。

早速前後の流れを忘れたのですが、Stevieはプロデューサーとしてこの映画を世界各国でプロモート。「200回は見た!」。

モチベーションとしては、「インディアンのみんなに『有名で著名な人たちから、憧れられているインディアンも沢山いるんだ』ということを知らせたい」という思いがあったそう。実際、「まるでSchoolGirlみたいにキャッキャとしながら」、映画に登場したインディアンのレジェンド・ミュージシャンの名を、憧れの存在として挙げる著名人も多いんだとか。

また、曲に対しての考え方として、「曲は『売れる/売れない』は正直なところどうでもいいと思っている。アメリカン・アイドル(オーディションTV番組)の音楽監督をやった時、彼らは『売れる曲』をやっぱり意識していた。もちろん、ファン・ベースをつくらなければならないからね。
でも、俺は基本的にはやりたい曲を作ることにしているよ。」という話や、まさかの「引退を考えていた」話も聞かせてくれました。

Stevie「長年ずっと毎年毎年ツアーに出ていたんだ。だから、1999年のフジロックフェスティバル...あんなに人がいる前でやれた。グリーンステージ(※フジで1番大きい) 。
あれで本当に、もう全て辞めようと思ってたんだ。(ピーターさん曰く「引退」というニュアンス)
…ただ、翌年、まさかの持ってた株(stock)がダメになっちゃって…やらなきゃいけなくなったんだ!(笑)

なんだろ、申し訳ないけれど株下がってよかった!!!!

「インディアンが出自のミュージシャンが多く存在していることを知っていたか。」というピーターさんの問いには、
Stevie「インディアンのミュージシャンがこれだけいる、というのを以前は全然知らなかったんだ。
だから、自分が高校を出て3年くらいしてから、マジソン・スクエア・ガーデン(MSG/ニューヨークにある著名なアリーナ)に立てたとき、「俺が一番最初にMSGに立ったインディアンだ!」って、ステージの床にキスしたんだ。
…そしたら、全然もっと前から(インディアンですでにステージに立った人が)いたって、あとでわかったんだ (笑)」とのことでした。

以下は、客席からのQ&Aで覚えているものを(全部で5問程度)

Q:INABAさんにインディアンのスピリットは感じますか

Stevie「そもそも、日本人はどこかネイティブ・アメリカンに似ている要素があると思っているんだ。
そうだ!いいエピソードがある。
INABAさん-結構前から友達なんだけれど-、彼がナバホ(インディアンの居留地アリゾナ州)に行ったことがあるらしい。ナバホでベンチに座っていたら、でっかい観光バスが止まって、白人ーとにかくアメリカ人がぞろぞろ降りてきそうなんだけど、ベンチに座ってるINABAを、彼らは原住民だと思って写真を撮ろうとしてきたんだってさ!彼は相当慌てたみたい!(笑)」
イネーバ!!

Q:「Indian cheif」(Stevie Salas Colorcode/1990)という曲がありますが、このタイトルはどこから思いついたのですか。

Stevie「ロッドスチュアートのサポートギターでツアーをしながらこっそり作ってた。
(知られたら)クビになるからね。他の人もクビになってたし。世界中どこでも人気のある曲(popular)さ。」
(すみません、Qへの解をすっかり忘れました…)

この流れで、
Stevie「そう言えば僕の父を日本の公演に連れて来たときがあって、その時、父は周りから「Chief!Chief!(チーフ!酋長!)」と(崇めるような動作)呼ばれて嬉しかったらしい。…ただ、そう言うふうに呼ばれたくないっていう人も、中にはいるよね。」

これとは別に、呼称に関する以下の話もありました
Stevie「ジョンレノンはとにかく音楽に関しては厳しい人だったんだけど、ジェシエド・デイヴィス(インディアン/ギタリスト/故人)のことをすごく気に入って…彼のことを『Indian Ed』と呼んでたんだ。で、後年、ジェシ本人に「そう呼ばれてどうだった?」と聞いたら、『ジョン・レノンの前では言えなかったけれど、本当はちょっと嫌だった』そうだ。(笑)」

Q:ランディ・カスティーヨ(インディアン/ドラマー/故人)を40年前のオジー・オズボーンの武道館公演で見て、派手なドラミングに非常に感銘を受けた。彼とサラスさんはセッションをしたことがありましたか。また、その時にどんな曲をセッションしましたか。

※映画の中で、ランディとサラスは非常に仲が良かったと語られている。

Stevie「ランディとは何百回(ミリオン、とも言い直したような)とセッションしたよ。あらゆる場面でね。印象的なのは…やはり最初のセッション。
***フェスティバル※だな。すごい数の人が集まってね。…あれがやっぱり最初だったはずだ。」
※すみませんフェス名忘れました。パゴダとかそんな名前だったかと。ちなみに、曲については話が出ませんでした。

Stevie「そうだ、もう一つ言わせてくれ。
彼が亡くなってから、家族は彼の部屋をずっと6〜7年間、鍵をかけて閉じていたんだ。ただ、俺はどうしても彼のドラムセットをワシントンD.Cのスミソニアン博物館に飾りたかったんだ。お母さんに頼み込んで、鍵を開けてもらったら、ドラムセットもだけど、当時のマガジンにポスターに…色々出てきて、ご家族みんな、大いに泣いていたよ。」という素敵なサブエピソードも教えてくれました。

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スミソニアン博物館で行われたIndian Summer Showcaseの映像。この時かな?

イベントももう時間がない!という中で、最後の最後、Stevieみずからこんなことを。
Stevieこの中にINABAさんのファンはどのくらいいるの?」と手を挙げさせる。
それなりの数。
それをふむふむと見てから、
Stevie「INABAさんは穏やか(humbleと表現)でエゴがない。とにかく人気者だから、あんまり人前に連れて行けないんだ。
でも、そうそう、この隣にいるピーター(バラカンさん)をINABA/SALASの「MaximumHuavo」のときのレコーディングに連れていったんだよ。
そうしたらさ、(稲葉さんが)まるで『ゾンビを見た!』みたいに固まっちゃって。(大げさに口を開けるしぐさ)
『おい!あれピーター・バラカンじゃないか!すごい有名な人だよ!!』って驚いてたんだ(笑)」

ピーターさんは笑いながら「その時はこの上映会を、もっと(INABA/SALASの)ツアー先でもやる計画だったんです。(※コロナ禍の影響でツアーとともに中止)その打ち合わせを、訳もわからず呼び出されて(笑)、六本木の裏路地のスタジオで待ち合わせて、30分くらいだったかな?行きました。」
と、最後にサービストークまでぶち込んでいただいて、さらに自由撮影タイムも設けていただき、和やかにトークショーは終了。

…したんですけれど、会場出たらまさかのStevieいるーー!!
列をなしてにこやかにファンと大サイン&写真撮影大会。ぴぎゃー!
急な展開にドキドキしながら、列に並んでお話しさせてもらいました。
閉館が迫る中だったので、スタッフさん大慌てでしたが、とにかく気さくで喋りまくってくれました。グータッチも。
私はスマホの壁紙を8年前にサマソニの会場で出会って2ショット撮ってくれた時のものにしてたので、それを見せながら話をしました。


着ていたINABA/SALASのTシャツにサインしてもらったのでウフフフしてたら、「ん?こっち(RUMBLEのチラシ)にもサイン入れとくね!」という気配り…ありがてぇ、ありがてぇ…。
気さく王だよ…。

そんなわけで、実に嬉しい1日になりました。

映画自体の感想ですが、もう、中盤は本当に辛かった。
私はもともと共感性羞恥をはじめとして、映像をふくめた周囲の出来事に対し、やや入れ込みすぎる癖があるために、映画というもの自体が苦手な部分があるのでそこは加味していただいて良いのですが、あらためてこんなにも人間というものは愚かであるのかと嘆息をつく場面が多かった。これは、我々日本人でも、場所が、時が、何かの掛け違いがあれば、有色人種として全く「あり得た過去」でもあると思う。
ただ、間違いなくインディアンたちは強く、誇り高い。
そして、Twitterでも書きましたが、当時から今までもインディアンが受けたあらゆる迫害からも弾圧からも、音楽、リズム、魂、誇りは絶えずより強力に引き継がれていることをStevie Salasご本人が体現している。
それが本当に救い。

現代は「まだ良い方」になっている「はず」。しかし、まだ、依然としてあらゆる愚かな差別と闘わなければならない。いや、それでもインディアン達は決して闘わずに歌うことを選ぶ。
ヘビーでした。
ただ、「強さとは何か」ということも知った気がしています。

壮大で美しいインディアンの居留地の緑と、にがく重苦しいモノクロの映像が行き交いながら、人の生き様をとくとくと見た気分です。
なにより、音楽的にも貴重な映像が多くって、見応えあり。最後の方にStevieニューメキシコ州に訪れるエピソードも素敵だった。
紹介されていたいくつかのミュージシャンの曲はサブスクにもあるので、最近はそちらを聴いています。

トークショーの中では、現在のトランプ大統領の多様性の否定と、前大統領のバイデン氏が辞める寸前でインディアンの冤罪勾留者を恩赦したという、政治的な側面をピーターさんが解説する場面もありながら、Stevieの実に自由度の高い「ちょっと待ってくれ…(客席に)アメリカ人の友達を探しているんだ...いた!ハロー!」とか、観覧に来ていたご子息のShaneくんを「彼こそインディアンの血を引く素晴らしい男だ!」と紹介する場面もあり、終始和やか。

はちゃめちゃに忙しいはずのStevieが作り上げた、この壮大なテーマとその魂に、そして多くの偉大なるミュージシャンたちに改めて敬意を。
一部サブスクで配信もあるようです。機会がありましたら、是非ご覧ください。

追記:
ついったで当日ご参加された方からお話しいただいて思い出しましたが、Stevie「何故みんな死んでから『大好きだった』とか『ありがとう』とか言うんだ?生きているうちに沢山言っておかないと!」と熱弁する場面がありました。
間違いないです、Stevie…例えば、我々も折に触れて「愛してます!」って叫んでいかないとなりませんね。

追記2:
ジェシエドデイビスがギターを弾いていたタージ・マハール(バンド)のライブ映像。

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追記3:
「ロッキン・チェアー・レディ」と呼ばれたミルドレッド・ベイリー(Mildred Bailey)は寝る前に聴くと最高です。
https://youtu.be/U0Tw8td1iOY?si=V5zI3IjMF-JBVdFP

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